・脊振山地
山域の多くがスギ植林で、車で行ける範囲の広葉樹林がとても少なく、お世辞にも環境の良い山地とは言えない。しかしシカが侵入しておらず、樹林の下草は豊富。九州のブナ帯でシカの食害が顕著でないのは、背振山地と津江山地、多良岳、雲仙岳周辺だけと思われる。脊振山や九千部山の山頂部には日本海側らしいブナの純林に近い環境が多少みられる。樫原湿原ではトキソウ、サギソウ、ジュンサイ、ヒツジグサ、ミツガシワ、ヒメタヌキモ、ハッチョウトンボなど湿原の生き物が多くみられ、天山の草原ではマイサギソウ、キュウシュウコゴメグサなどがみられる。
・黒髪山
最強の低山の異名を持つ岩山。特有の植物が多いことで、著名な山です。黒髪山系で見られる珍しい植物はチョウセンニワフジ、クロカミラン、クロカミシライトソウ、クロカミゼキショウ、ヒレフリカラマツ、ツクシトウキ、ヤツガシラなどがあります。ツクシトウキ以外は容易に登山道沿いで見ることはできないので、詳しい人の案内を受けたいところです。南方の植物が数多く見られることも特徴でヒノキシダ、ヒロハコンロンカ、オオバヌスビトハギ、ヤクシマネッタイラン、バイカアマチャなど南九州に多い植物が一部見られます。
・平戸島
植物方面では、野焼き草原と急峻な岩場が魅力の島です。平戸島の野焼き草原は高原の雰囲気がある阿蘇や九重とは異なり、よく乾燥した草丈の低い草原でメガルカヤが優占します。ワレモコウ、シバハギ、ノヒメユリ、タヌキマメ、ヒナヒゴタイ、オカオグルマなどがよく見られます。いくつかの山には岩場があり、ダンギク、ニシノハマカンゾウ、ハクチョウゲ、イワシデ、イブキシモツケ、ムギランなどがよく見られます。珍しい植物にはシマシャジンやイトラッキョウ、ムラサキカラマツ、チョウセンニワフジなどもあります。晩秋には、里地の草地でタマムラサキが綺麗です。平戸島に行く際は、平戸大橋手前の平戸瀬戸市場に寄りましょう。地物の新鮮な魚と美味しい唐揚げを買うことができます。
・平尾台
秋吉台、四国カルストと並ぶ日本三大カルスト。野焼きによって草原が維持されており、多様な好石灰植物、草原性植物がみられます。天然記念物となっている湿原もあります。春はシロバナハンショウヅル、オキナグサ、センボンヤリ、ツチグリなど、初夏はオカウツボ、ヒメケフシグロ、ムラサキ、フナバラソウ、イワツクバネウツギなど、夏はキキョウ、オミナエシ、ミツバグサ、ヨロイグサ、ノヒメユリ、キセワタ、ヒオウギ、サギソウ、トキソウなど、秋はヒメヒゴタイ、ハバヤマボクチ、ヒメノハギ、ヒナノキンチャクなどと一年中何かしらの花が咲いている、九州北部随一の花の名所でしょう。
・九州中部の草原地域
由布岳から九重、阿蘇にかけての九州中部地域は野焼きによって維持された草原環境で有名だが、場所によって分布するものが違う。特に種数の多い場所はいくつかありますが、ここに行けば基本的な特産種が一通り見れる、といった場所はありません。しかし、由布から南阿蘇までは100 kmくらいしかありません。色々な植物スポットを巡りながら一日中楽しむことができるエリアです。おすすめの時期はキスミレが見事で森林で春の花盛りとなる4月中旬と晩夏の花が盛りの8月下旬です。
・由布岳周辺
由布岳周辺の草原にサクラソウ、ヒゴタイ、ヒメユリなど多くの草原性植物がみられます。特にエヒメアヤメが有名です。早朝に来ると湯布院の街を覆う雲海を見ることもできます。麓には湿原もあります。近くには日出生台という自衛隊の演習場となっている草原もあります。
・九重周辺
森林・草原ともに素晴らしいのが九重の特徴です。タデ原湿原などのある飯田高原とスキー場近くの一目山・ミソコブシを中心に草原が見られます。タデ原湿原周辺ではリュウキンカ、ヒゴタイ、ヒメユリ、アオカモメヅル、ヒゴシオンなどが見られます。男池や黒岳の原生林は巨木が多く、カジカエデとハルニレが多い点が特筆的です。植林の伐採地ではヤマシャクヤク、ベニバナヤマシャクヤク、ミドリヨウラク、コウライトモエソウなどを観察できます。東阿蘇と雰囲気が似ています。
・阿蘇北外輪
ミルクロード沿いに野焼き草原がみられますが、爆走する車・バイクが多いのであまりゆっくりと道路沿いで植物を探せません。キスミレ、ユウスゲ、ゴマノハグサ、サクラソウ、タチフウロ、ヤツシロソウ、カワラナデシコ、チョウセンヤマニガナ、ムカゴソウ、マツムシソウ、ワレモコウなど様々な花が道路沿いにも咲いています。良好な野焼き草原が広大に広がっているイメージがあるかもしれませんが、良い植物があるポイントは結構限られていて、初見で行くと良い植物が思うようには見られないでしょう。
・東阿蘇
高森町をはじめとする火山灰の堆積が多い地域では、阿蘇を代表するような大陸遺存植物が多産する(した)。もっとも現在では植林が多く、わずかに残された保全区や道路わきの小規模な草地にそのような植物が生き残っている現状である。ハナシノブ、ツクシマツモト、ツクシクガイソウ、ケルリソウなど阿蘇の希少種の多くはこの地域に産する。自生地の土地を買い取ってこれらの植物の保護活動に尽力されている方々がおり、観察会に参加することでこれらの植物を見ることができる。
・南阿蘇
標高の低い南阿蘇では長崎方面や平尾台と少し似た草原植物がみられる乾燥した草地が多い。ロクオンソウ、ムカゴソウ、ササバラン、コガンピ、ダイサギソウ、ヒメノボタン、ヒメノハギなどがみられる。キスミレやユウスゲ、アソノコギリソウはこちらにもあります。蛾の種類も北外輪とはかなり異なります。
・菊池渓谷
ケヤキの大木が林立する渓谷。九州らしい植物のサバノオやヒメウラシマソウ、キバナチゴユリ、ヒメナベワリ、ベニシュスラン、オオチャルメルソウ、ミヤマヨメナなども見られます。樹上にはセッコクが多くみられます。この地域は鹿の食害がましなほうで、九州中部の標高600~800 m帯で林床植生が最も健全な場所の一つと思われます。
・九州脊梁山地
1,500 m級の山地が並ぶ九州の背骨。国見岳、白岩山などに原生林が広がる。ブナやシナノキ、モミ、ヒメシャラなどが多くみられる。林床はシカの食害による林床の荒廃が著しく、渓流沿いや岩場、鹿柵内でしかまともに野草を見ることができない状況です。鹿の踏み後を辿って登山道から外れやすく、ルートファインディングも注意が必要です(私はある山の石灰岩地に行くとき、毎回偽尾根に入り込んでしまいます)。ハガクレツリフネなどは山中よりも麓の集落周辺のほうが見やすくなっている。各地に石灰岩地があり、シコクフクジュソウやヒゴコバイモ、ナガエジャニンジン、キレンゲショウマ、オオクサボタン、イワギク、コウスユキソウ、ヒゴイカリソウなどがみられる。道路状況は悪く、特に1,500 m級へのアクセス道路は年々悪化しています。内大臣林道は橋が落ち、五ヶ瀬スキー場への道も2022年秋から不通、ぼんさん越は熊本側が不通となっています。
・日向地方(尾鈴周辺)
延岡から尾鈴山周辺にかけて、九州でも固有種がきわめて多い不思議な地域があります。オナガカンアオイ、コバナナベワリ、キバナノツキヌキホトトギス、ヒュウガヤブレガサ、ヒュウガオウレン、ヒュウガホシクサ、エダウチシロホシクサ、タカナベカイドウ、ホウキボシイヌノヒゲと挙げればキリがありません。隔離分布の珍種も多くヘビノボラズ、ミズギボウシ、ズイナ、ハラヌメリなど九州本土あるいは日本でこの地域だけという植物もたくさんあります。
北川湿原、川南湿原、高鍋湿原と3つの素敵な湿原があります。後者2つはミズゴケが繁茂し、モウセンゴケやイシモチソウなどがあるタイプの湿原で、特に川南湿原はホシクサ類など湿地植物の特産種の宝庫です。後者2つは開園時間が決まっているので注意しましょう。当地域は湿原性植物の宝庫でもあるのですが、この二湿原以外にまともな湧水湿地がほとんど残っていないため先行きが心配です。
・鰐塚山地(宮崎市南部・日南市周辺)
加江田と猪八重の二大渓谷は照葉樹林の別天地です。周辺山域はスギの植林が多めで自然林はやや少ないですが、この渓谷周りや双石山周辺に原生的な照葉樹林が残っています。加江田・猪八重渓谷では、緩やかな渓谷沿いにタニワタリノキ、イチイガシ、ルリミノキ、ハルニレ、ヤマビワなど多様な樹木がたくさんあります。所々に樹名札があるので難しい照葉樹を勉強するのにもおすすめです。
リュウビンタイやシロヤマゼンマイ、スジヒトツバといった南方系のシダ植物も多く楽しめます。林床には宮崎県特産のキバナノホトトギスをはじめ、ホトトギス、イワタバコ、ナギラン、ヤクシマアカシュスラン、マルバテイショウソウ、キンチャクアオイなども豊富にみられます。
渓流沿いの樹上にはミヤマムギランやキバナノセッコク、オオバヨウラクランなど着生ランも豊富です。この地域だけではないですが、ハルニレが多産する点は不思議なところです。シカがいない地域なので下草も多く、この点で綾や尾鈴よりも雰囲気が良く感じます。
砂浜海岸も面白いです。宮崎市沿岸の砂浜では、絶滅危惧種のイカリモンハンミョウが比較的普通に見られます。
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